2016/07/19 19:46

『変わった注文』


類は友を呼ぶと言うが、
出来るだけ他人と違う作品を作ろうと日々考えている私には、
やはり変わった注文が入る事がある。

その注文は先日の、
うつ向く女性に涙の指輪を注文を下さった紳士からだ。
今回は普段身に付けている、形見の様な物らしい。

ダイヤモンドとは違うが、
無色透明なハート形にカットされた綺麗な鉱石だ。



プラチナの台に二つ、
尖った部分を付き合わせる様に配されて留められている。

元は貴金属のブレスレットか何かの一部であったのか、
その形状からは依頼主の思いや色々な歴史を推測出来る。

その紳士は普段その形見を
革紐の様な物でぐるぐる巻きにして腕に巻き付けており、
一見、中尾彬のぐるぐる巻きスカーフの様だ。

流石にその出で立ちでは折角の形見が台無しと考えたのか、
私に依頼が舞い込んできた。

変わった注文と言うべきなのか、
腕時計みたいなのに腕時計じゃない。
そんなデザインにしたいらしい。

あとは任せる。

そう言われて注文を受けたは良いが、
どうしよう?

『腕時計』のキーワードから、
市販の腕時計用の皮ベルトの採用は決定だ。

問題はケースのデザインの方である。
ものつくりで物凄く大変な事は、
『答が有る仕事』と『答が無い仕事』が有ることだ。

ン????
どういう事だ?と思う人もいると思うので、
私なりに順に説明させて頂こう。

『答が有る仕事』


これは客先から頂いた寸法通りに部品や作品を製作して行く作業である。
先にブログでも書かせてもらった、財布の金具等がそれで有る。



金属に依っては、熱を加えると歪み、
更には柔らかくなって強度が無くなってしまう。

その上に膨脹によって寸法が狂うので、
それを予測したサイズで製作して行く。

また、強度が弱った事を利用した加工も、
場合によっては有効な手段でアクセサリー等の製作ではよく使う事がある。

一番厄介な事は、行きはよいよい帰りは怖い。
寸法に合わせて削って行く時の削り過ぎの失敗である。

大きい物は削れば良いが、削り過ぎたものは足すのは難しい。
出来なくはないが、初めからやり直したほうが良い場合が殆どである。

作業開始してから初期段階のやり直しはそれほど苦ではないが、
ほぼ最終段階での失敗によるやり直しは、体力的な問題より
精神的なダメージが大きい。

であるからして、製作作業の終盤にかけての二次曲線的なプレッシャーの
掛かり方はいつもの事ながら気が滅入る。

『ここで失敗したら今までの全ての作業が水の泡』
である。

しかし、この一線を越えないと完成と言うゴールは見えて来ない。
全てを忘れてやるしかない。

『失敗したらやり直せばいいや』

と、自分に言い聞かせ作業に挑むのである。
そう、人生と一緒だ、またやり直せばいいのである。

かくして、時には0.1ミリ単位の加工を施し仕上げて行く。
余談であるが、金属の加工をしていて面白いと思うのは素材の特性である。

素材屋さんから買ってきた時はあんなに弾性が強かったのに、
真っ赤に成るほどに熱した後はフニャフニャになってしまったり、
磁力を帯びたり、金属によっては何の変化も無く弾性や固さを維持してくれる。

こう言った知識の上にものつくりは成立していると思う。

『答がない仕事』


腕時計の様で腕時計じゃない。でもお洒落に。

アバウトでファジーで何となくな掴み所がない。
結構厄介な仕事だ。私のセンスを問われる。

かの預かったプラチナの台に乗ったハート形の石。
台から外して一から作り直すのか?

幸いプラチナの台はロウ付け(溶接)が出来るので、
新しくパーツを作り直して合体させるか…………

でも、オリジナルの状態は崩さない方が次のリフォームには都合が良い。
腕時計っぽいと言うことは、依頼主はケースの中に配するイメージと推測出来る。

ケースを新しく作るか…………
いかにもアクセサリーっぽいのは依頼主も期待していないだろう。

腕時計の様で……………
この言葉から依頼主の考えを読み解く。

これが日本語を土台にした職人技である。
結局、オリジナルケースの製作は止めにして
市販の腕時計を改造して組み入れることにした。

腕時計のケースの中の空間は限られているので、
そのパーツがすっぽり入らないといけない。自ずと種類は限定されてくる。

文字盤とレンズの隙間はせいぜい4ミリ。
預かったパーツの厚さは8ミリ位なので文字盤に穴を開けて
埋まった様な加工を施す事にした。


▲文字盤の塗装前の状態である。


▲文字盤に穴を開けて埋まった様な加工を施す。


まずは色をどうするか。
とにかく主役はハートの石なので、それが綺麗に見えなければ意味がない。

やはり白しかないのか?無難に白なのか?
答は決まっているのに、人は悩みたいものなのか、取り合えず悩んでみる。

やはり白である。
そのまんま白だとつまらないのでパールを入れてみよう。

サーフェサーと言う下塗りをして、その上に一旦下地の白を塗る。
更にその上に半透明のパールカラーを塗り、透明のクリアー塗料を塗って終了。
全部で4段階の塗装である。

文字盤に色を乗せていく作業であるが、
腕時計っぽいと言うからには時間を示す数字が必要だ。

今回の場合だとケースの中に入ってしまうデザインなので光の入りかたが少ない。
石を輝かすには光が必要だ。

美しさを追求して多くのジュエリーテラーが光の採り入れ方を常に研究している。
銀座の中央通りに店を構える水色のパッケージのブランドの
『一粒ダイヤ』
の指輪のデザインは余りにも有名だ。

多くの光を集めた結果の輝きである。

漢字時計のオートマチック仕様の文字盤は、
数字の部分のデザインが『透かし彫り』になっている事にお気付きだろうか?

この場合はスケルトンウォッチと言うデザインに合わせた加工なのであるが、
同時に光をよく通すので、今回も光を通す目的でそのデザインを採用する事にした。


『最後の山場』


自作の腕時計ケースであれば、時刻を合わせるリューズと言う部品を省く事が出来るが、
市販品の改造なのでこの部品は自動的に付属してくる。

この部品は時計のムーブメント(機械)と連結しているので、
腕時計の製作であれば問題が無いのであるが、今回は腕時計風…………

どう留めるかだ。接着剤では汗や普段の生活でかかってしまう水が
毛細管現象と言う現象で接着部分を剥がしてしまい、必ず外れる時がくる。

リューズを省略するには穴を塞ぐ必要があるし、穴を埋める作業も結構大変で、
火で炙るとメッキの色が変色したりして綺麗な仕上がりも期待できない。

いずれにしてもリューズを残したまま、
今風に言うと『なんちゃってリューズ』にする事にしよう。

留め方は、『カシメ』ることにした。
かくして組み立て作業に入るのであるが、ベルトの色をどうするかが問題だ。

その色や質感で大きく印象を変えていく。
個人的にはピンクを推したいのだが、依頼主は常識人。



蜂蜜色を添えて完成だ。
納品を終えて、依頼主は誰かに見せに行くであろう。

その反応が来るまでは私は気が気でない日々を送ることなる。
まあ、仕方ない、これも仕事のうち、

次の作業の段取りを考えながら結果を待つ事にしよう。


ものつくリスト  小柳 健一
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